昭和42年05月29日 夜の御理解



 今日は、29日の定例の敬親会の方達が、昼から集まりまして、18名集まっておられました。もう、私半ばから、入らせて頂いたんですけれども、まあ、一人一人がもう素晴らしいその、体験談を発表しておられました。本当に有り難いな、ようやくこの、何かこう敬親会の方達にこの合楽の部落の方達が見えたりしますが、信心がちぐはぐな感じで雑談的なあれが多かったんですけれども。
 今日は合楽の方達の一人一人がその体験を持っておられるんですね。ですからみんなそのおかげ話が素晴らしい。いわゆるおかげ話を話しておられました。また私も話を聞かれて、それこそ時間の経つのも忘れて、もう4時半になりましたから、皆さんぼちぼちどうですかと言ったら、もうそれが立とごとないちみんなが言われる程に有り難い会合でした。そん中に合楽会の会長であります、中村さんが中村スギさんですね。
 この頃から東京に行っておられました、そのことの体験を色々発表されております中に、帰りの出来事を話されておりました。丁度東京に参りますと親先生にお願いさせて頂いて、いよいよ出発の日にお願いに出て参りましたら、丁度若先生が御結界奉仕になっておられました。それでお届けをさせて頂きましたら、御神米が下がりましたから、「もう親先生から頂いております。」
 「けれど自分の用に人の用にと持って行きなさい」というて御神米を下げて下さいましたから御神米を頂いてそして帰らせて頂いて、あちらに一週間あまりのおかげ話をされた後にです。帰りに、丁度同じ汽車の箱の中に乗り合わせて丁度25位の青年の方がですね。何かそのカニの弁当とアイスクリームを食べ併せてですね。ものすごい腹痛を始めたらしいんですね。もう吐いたり下痢をするといったような。
 それでその御神米を始めは知らなかった。あんまりそのちょこちょこ立たれるってから、横の人にあの青年な油断もスキもでけんですばいけそけそしとってけん。あの油断出来んですよ。横が親切な方だったから話した所が、いやあの青年はですねもうずっと前から便所に行きよるとですよさっきから腹が痛かち。はあそりゃほんに難しか顔をばしとんなさった。あたしが(?)じゃったじゃろちすぐ御神米を二粒差し上げた。
 そしたら、しばらくしたらですね。痛みが止まってからですね。おばしゃまありがとうございました。本当に痛みが止まりましたち言うて、喜びよんなさったらまた、せきだしたそうです。それでまた今度は御神米を4粒上げた。そしたらもうそれは吐かれること吐かれること。もう根の底から、もう頂いたものを吐いて吐いて吐いてしもうたらもうすっきりおかげ頂いたと。
 というて、そのこちらへ久留米まで「おばしゃまあたしがこちらでどちらへ」、羽犬塚あちらまで行かれる方だったらしいですね。北海道の方からこられた方らしいですが。久留米で下車して送ってあげますと言われる程にですね。おかげを頂いたという話をしておられましたが。本当にその私は思うのに、生きた神様の働きというものは、自分が頂いておらなければ、そうして私は生きた働きは、なっていかない。
 自分が御神米を信用せずしておいてからですね。人にだけ言うたってだめ。自分は神様の働きというものを体験しておられてから、そうしたところにそういうおかげを蒙られたわけですね。今日はあのちょうど私12時ちょっと過ぎましたけれども、下がりましたら、手紙が参りました。丁度四国と名古屋名古屋ですか。あ神戸大阪と神戸から同じ兄弟なんです。井上さんの娘さん達があっち行っております。
 二人一緒に手紙が参りました。丁度子宮癌でですね。丁度これを外の癌がですね。外の所にも散ってたんですよね。それでもう、だいたいは、いわば死刑の宣告を受けるようなことだった。病院に入院します時は。それで、もうお母さんには、言うてくれるな、また、言うちゃならんと言うことで、こちらで井上峰子さんそれから大川の勝美さんそれから、四国のご兄弟と3人でもう一生懸命にお願いがございました。
 お願いに見えた時に私が、「このことはね、お母さん知らせないかん。もういくらあんただんが願うても親の願いには、勝たん。おかげ頂きたいならば、お母さんに驚きなさるかもしれんけれども、そことを伝えさせて頂いて、一心にお母さんに縋るように言いなさい。」と言うてから、そのことを伝えた。それでもうお母さんがわんわん泣いてからですね。そういう大事なことを自分に言わじゃったというて。
 けれども親先生のおかげで言うて頂いて有り難かったというて、明くる日からお母さんが参って見えました。そのもうそれが( ? )素晴らしかったですね。四国からんなんから、全部が付き添いにお出でられた。同時に電話でお届がございました。手紙で矢継ぎ早にお届けがありました。勿論久留米の井上さんからは、一生懸命お願いがございました。もう医者がそれこそ、たまがる程におかげ頂いて。
 丁度1月間の間におかげ頂いて退院のおかげを頂かれたですね。そして1月したら、復職、務めておられますから、復職して良いという程におかげを受けられたその喜び一杯でのお礼の手紙と、それから、四国の方からのお礼の手紙このが出てきとりました。そのお礼のことを書かれると同時にですね、丁度私があの、検定試験のためにご本部に参りますときに、その四国の高松のあちらはあれは、川上さん、あ、川上さんち言うたね、その川上さんが夫婦でですね。
 ある大変な難儀な問題があって、電話でお願いするよりとにかくそのお取り次ぎせんならんということで、わざわざご本部まで来た時に見えられました。そしてそのこと私がお取り次ぎさせて頂きましたが、この問題なんかでももういわば手の附け様がない程のこんがらがった難題でした。それがあのおかげを頂きましてですね大変おかげを頂いておってより以上のおかげになって来たそん時にそのお届けなさった事の中にですね。
 「先生私の方の正面玄関に大きな昔から松の木がございます。その松の木がこの頃ほとんど涸れてしまいましてですね、もう何か不吉な事がなかろうかというて心配しよりますが、どうもしようがない。そこで主人と話合いましてから後に何かそこにそれを切り倒してから、後の木を植えさせて頂きたいと思いますが、何の木を植えさせて頂いたらよろしゅう御座いましょうかというお伺いがあったんです。
 そのことがずっと私忘れとりましたけれど、そん時私が思うたことが文章に書いてございましたがね、「あの時先生がそれは何の木と植え替えんともなんとも仰らなかった。仰らなかったけれども、あのね川上さん椛目では松ということは大変大事にするとよ。第一私の手続きの、石橋松次郎、小倉の桂松平先生。甘木の安武松太郎先生、もう九州の三松と言うていうなら。
 私共の信心の先輩に当たられる方達の信心を頂きたいと一生懸命ですから、新聞で見る松の字を見てもね、私は、松の字を拝んだりするんですよ。だから松の字を大切にする位じゃから、松の木を大事にするのは、勿論のことですよというて、それだけをおっしゃいまして、帰り夫婦で、そのことを話あって帰った。先生は、何の木にせろともおっしゃらなかったことは、ちがわんあの松の木も助かるかもしれんな。と。
 それから、その松の木を愈々夫婦の者が大事にしだした。毎朝その松の木を拝み出した。根元に御神米を埋けた。お神酒をふるわれた。そして一生懸命してもう難しかろうという、そのそれがね、おかげ頂きらんじゃろうと思いよりましたらです。丁度、先月からですね、青い芽が出だした。そして、こげんなるならねこれは、お父さんおかげ頂きますよというように青い芽があっちこっちから出だしました」ということが。
 最後の文章に書いてございました。「この方の信心は、牛馬に至るまで実意を持って願え」とおっしゃるが、例えば植物のことに至るまでがです。そのただ松を大事にするということ。その気持ちがです。私はこの天地の通うた松に通うた。そしておかげ頂かれたんだというふうに私は思いますですね。それから今日は久留米の石井さんがお参りされておりましたがお届けをされるんです。
 「先生2、3日前の朝、ほんとに気持ちの悪いお夢を頂きましたんですけれども、あの今日どうせ私は、敬親会に参りますから、お願いしてもらおうと思うてからと」というのは、娘さんが亡くなり、娘婿さんが亡くなりましてですね、石井家の改式してしもうとりますから、御先祖の墓もみんな掘ってお遺骨をですね。ここにお預かりしておるんです。全部。それが、この頃から、ここで納骨式がございました。
 その時に久富先生と光橋先生とが奉仕されました。ですから、銘々にお礼が明くる日出てみえてから偲び草とそれから、お礼のお包みと「これは久富先生、これは光橋先生」というて持って見えられました。それでそれを預かってから、久富先生にそれ上げました。光橋先生にもあげましたところがお礼の中身が空なんですよ。これはですね。皆さんよう気をつけないけませんよ。
 御初穂の中によう空がありますよ。あそこで名前だけ書いて中身をいれんとじゃん。けれど、それを私がね、もうお供えするつもりだから、神様にお供えしたものとしてお届けさせて頂きますけれども、それでは、やはり、不行き届き。ここでは、そげなこと申しませんですからね。ですけれど、相手は、光橋先生ですからね、先生、先日こんなだったから、まああんたも頂いたつもりでおってくれ。
 向こうに(?)むこうに(?)お包みの紙だけ見せましてからね、そして申しましたんです。そして丁度今日石井さんがお参りをしてみえてから、言われるのにそのお夢の中にです。先日ご遺骨をここで収めさせて頂いた娘婿のひろしさんと言います。ひろしさんがですね、お夢の中に出てきたんです。そして、手に何を持っておるかというと、亡くなられる時のです。
 あのお葬式の時にたくさんいろんなお供えがくると控える手帳がございましょうが。あれは、なんちゅうじゃろうか。御香典やら玉串料をずっと書く帳面ですよ。その帳面を手に持っておるち。そして「お母さんこれをちょっと見て下さい。」というて、お母さんに見せてですね。これが分かるまで私帰らんで、今晩なここに泊めてもらいます」というて、そういうお夢じゃったそうです。
 もうそれで寛さんが違わん迎えに来るとじゃろうち言うてから、もう2、3日間なもうほんに気持ちの悪いことでございましたけれどもですね。出てこないそれで私が初めて石井さんにそのことを「あのね石井さんこげなこつがあったつよ。私はもう言うまいと思ったけれど、今日の新聞にもね西日本新聞に霊魂の不滅ということと、幽霊が実在するということを科学的に実証した見事な本が出きたという紹介が載っておりました。
 だから霊魂不滅とういうその事から見てみてもです。折角自分の遺骨を収める言わばお祭りをして頂いたのに、一人の先生にはお礼を差し上げたけれど、一人の先生には空だったと言う事では御霊様が自分が済まんというわけなんです。ですから葬式の時には是だけ沢山の人から頂いておるでしょうがと言わんばかりなんです。だからどうぞそればはよ持っていて下さいと言わんばかりに、そのそれが気付くまでがです。
 あれが、来てからじゃん。言うて今日の(?)「はあそれで分かりました。もう本当にそげな不行き届きなことば致しましてから」と言うてですね。今日は私が持って見えたそのお礼のお包みばそのまま渡したから、直接光橋先生の方に行って下さいというて申しましたことがございましたけれどもね。(?)致しましても、生きた神様の働きを感じんわけにには、まいりますまいが。ね。
 例えば、中村さんのお話しといい。四国の高松さんの子宮癌のそのことといい、枯れだした松の木がおかげ頂いてきたことのその大事にするということ。お互いが、お話しを頂いてもお話そのものが言うなら、松の木なのです。それを大事にしなければ、おかげにならん。もうその石井さんの御霊様のお話しといいですたい。本当に御霊様は生きてござるな。霊魂不滅だな。
 神様の生きた働き、今日はそのことをご理解で皆さんに聞いて貰おうと私が御祈念中に思うたとたんにおいさみがございました。と言う様にです本当にそういう生き生きとした、神様を私共頂いておるのでございますから、先祖を大事にしなければならない。と言う事も、神様の御教えを本当に大事にしなければならないと言う事も、本当に自分だけが助かるのじゃない。人も助からなくてはならないと言う事も。
 今日はもうひとつですね。大きな信心には息詰まりがない。自分だけのことじゃなくて、人のことも祈らにゃなられんと言う様なご理解を頂いたんですね。丁度あの敬親会の途中で4時半になりましたから私は下がらして頂いた。その時分に北野から上野愛子さんの弟さんが訪ねてまいりました。この人ももうこの人はなんとかという病でしたがこれやったら絶対助からんと言われた病人が奇跡的に助かった人なんです。
 それが久しぶり御礼に出てまいりましてから、会いよりましたら、上野さんのお母さんがそこに来ましてね、ここで、会うたことを喜ばれて、いろいろ話こんでおるうちにほんに、今朝から愛子さんのことを堤清さんがお届けされたことをお話ししたんですよね。というのは、堤清さんのお父さん、堤しめきちさん総代さんの。のお世話で今度は、愛子さんが、安武に嫁いったです。それは大変財産家なんですよね。
 後添えではありますけど、おかげを頂いておりますが、ほんにそん時は、中村さんも見えられました。中村きくよさんです。北野の。そしてから、愛子さんの話が出ましてからでした。とても本当に、いくらどげんこげん言うたっちゃですたいね、愛子さんがおかげ頂かしゃったということだけでも、神様の働きをしらずにはいくまいが清さんと、清さんに話しておられるところから、私の話なんです。
 というのはね、今朝からねお父さんが仲人されております。その息子さんが毎日北野から自動車に乗って朝の御祈念に参ってくるんです。今日清さんがですね。自分のお届けと、園田愛子という人の愛子さんのお届けをいたしますんです。そして先生愛子さんが百姓もしたことないとに、百姓をせんなりませんが。いよいよ初めての取り入れをするわけでございますが。どうでも人の遅れをとりませんように。
 また無事に取り入れができますようにどうぞ、お願いしてください。というお届けがあったことを私が、今日話たんです。そしたらですね、なんか、そらぞらしい風をしておりました、上野ひろしさん、愛子さんのお父さんとお母さんがですね、二人、涙を流してからですね、信心ちゃ、なんと有り難いことじゃろかと。言葉にはいいませんけれども、それが、私にありあり感じられたですね。
 私だん自分のことばお願いするとが信心のごと思いよったが、しかもそんなそれこそ、その人のお父さんの仲人さん。ならともかくその息子さんがです。清さんが信心な行き届いちゃるとしっておったけれども、そげなことでございましたかというて、喜びました。人の真心というものはね、そんなに次ぎから次ぎの人へ有り難いものを伝えていくんですよ。今日そこに居合わせました、中村きくよさんが言うに及ばず、上野さんのお母さんも、弟さんもそんな清さんの真心に打たれてです。
 涙が流れる程に、なんと信心ちゃ有り難いものじゃろうかと。信心とは、真心の追求をすること。そしてそこから間違いのない御教えを頂いて、間違いのないその事を、大事にしていくこと。そこから霊魂不滅ということも分からせて貰う、そこに愈々この霊魂いわゆる魂を清めておかなくてはならないということを分からせてもらうと同時に、自分だけのことではない、人でも自分のように、信心させて頂かなくてはならないということが分かると思いますね。
   どうぞ。